山下正樹さんから2007年12月に『平成19年12月7日、善通寺の先達研修会を終えて、「山下正樹」という若葉マークの四国八十八ヵ所霊場会公認先達が誕生しました。今後ともよろしくお願い申し上げます。』というメールを頂戴しています。
たぶん四国八十八箇所のお遍路を4~5回結願されていて、最初以外は逆打ちといって、コースを逆に回るより厳しい修行の方を選んでおられるはずです。お遍路に使われた杖をみせてもらったことがあるのですが、そのちびり方が半端じゃない。数十センチ短くなっているのです。それだけでも十分尊敬に値するのですが。山下さんの本領発揮はそこからなんです。
手元に3年ほど前の読売新聞の切抜きがあります。「お遍路さんは今」という月一くらいで連載されていた特集の中で、新しい道ができて忘れられていた遍路道を再発見して、地元に呼びかけて保存会発足につなげる要の役割をされているのがわかります。
記事によると大和郡山市在住の山下さんは、金融機関退職後高知県大月町で環境保護や海洋生物の研究を目的としたNPOの立ち上げに加わっていた際、資料集めで町史を調べていて、空海ゆかりの古い遍路道があったとの記述を見つけたそうです。「古い道を整備すればお遍路さんが増えて高齢者が多い港町が活気づくかも…」
そう思ったら、即、率先垂範して行動を起こすのが山下さん。2年後には、住民による道の保存会ができ、ヘンロ小屋も建てたと報じられています。道つくりで地域が結びつき、ばあさんたちもお遍路さんと話すのが楽しみになって、元気が出てきた。と保存会会長さんのお話も紹介されています。
地元のキーマンを見つけ、一緒に歩いて、明治時代に置かれたという丁石(109メートルごとに神社までの丁数を刻んだ石)を発見することができました。これを現代によみがえらせるという目標を共有して、歩きマップつくりや、しるべ札・道標の設置、草刈という一連の取り組みにも無理のないスケジュールをたて、リーダーシップを発揮していくのが山下流なのです。
山下流は地元大和郡山での矢田山遍路道整備でもいかんなく発揮されてました。昨年秋に、相棒のひろと共にこのミニ遍路コースを歩かせていただきました。次回はそのお話です。(陽)





