ちょっとそこまで旅気分

当時もサウナがあったような気がする。 父と坊やが楽しそうに入っていった。なぜかウレシイ!

ツライ思い出があるけれど、今でも現役がとてもウレシイ吉田近衛町の銀座湯

下宿から一番近い銭湯でした。そして強烈な思い出のある銭湯なのです。
あぁ~、長くは語るまい。以前、あるメルマガに書いた記事を読んでもらったらすぐわかります。

胸キュン青春記 ――甘ずっぱくて、恥ずかしくって……

タイトルを聞いただけで、青春していた頃の思い出がよみがえり胸がキュン となる、そんな曲がいくつかある。例えば、シモンズの「一粒の涙」。小学六年生の時、同じクラスの哲ちゃんに強烈な片思いをした。スーパーにおつかいに行くときは、必ず哲ちゃんちの近くの道に遠回りして行った。もしかしたら哲ちゃんに会うかもしれない、ドキドキしながら自転車を走らせ、「これが、恋というものなのね~♪」と口ずさんでいると、だんだんせつなくなってきて、小さな目からツツツーと涙がこぼれるのであった。

この片思いは、中学に入っても続いたが、親友の成子ちゃんも哲ちゃんに片思いしていることを知って、私はいさぎよく身をひいた。その日から、私の口ずさむ歌はシモンズから、吉田拓郎の「どうしてこんなに悲しいんだろう」に変わった。シモンズの曲はここ何十年耳にしていないが、吉田拓郎はkinki kidsと一緒の番組で、週に一度TVで見ることができる。もう昔のようなカーリーヘアーにはできない拓郎チャンだけれど、昔と変わらない拓郎節を聞くたびに、ひたすら片思いを続けたセーラー服の頃が思い出され、胸キュンする土曜日の深夜である。

そういえば、京都で過ごした大学時代には、忘れたいのに忘れられない思い出がある。共同炊事場、共同トイレ、西日のあたる 4畳半の小さな離れの部屋を借り、奨学金とアルバイトで生活をする貧乏学生だった私は、夜 8時半まで、東一条にある本屋でアルバイトをし、帰宅してから風呂桶を抱え、歩いて2~3分ほどの風呂屋に行くのが日課だった。

あれは、アルバイト代が入った翌日。私は生まれて初めて美容院でパーマをかけた。何故パーマをかけようと思ったのかは、もうすっかり忘れてしまったが、きっとコケティッシュな感じにしたかったのに、美容師さんに注文をつける勇気がなかったのだろう。中途半端なショートにクルンクルンのパーマをかけたものだから、ちょっとおっきなパンチパーマ風に仕上がってしまった。可愛くないな、とは思ったものの、仕方がない。髪を洗えば少しはパーマも落ち着くだろうと、美容院から帰ってさっそく、風呂桶を抱えて家をでた。170 センチの長身にボタンダウンのチェックのシャツとよれよれのジーパン。いつもと同じ格好である。

 

左側が女風呂、右側が男風呂の入り口。いつものように左側ののれんをくぐりガラス戸を開けた。たいていは、おばちゃんが番台に座っているのだが、その日はおじぃちゃんが座って、男風呂のお客さんと雑談している。入浴料を番台において、一歩中に入ろうとしたその瞬間、おじぃちゃんが私を見てあわてて呼び止めた。「あんたぁ~!あっちや!」

 

一瞬、今日から男風呂と女風呂が入れ替わったのかとも思ったが、目の前の脱衣場では裸の女性が一生懸命、赤ちゃんに天花粉をはたいている。このおじぃちゃんの呼びかけに、いったいどう答えるべきだったのだろう。私には、今だに気の利いた答が思いつかない。「いいえ、私は女です」というのもオチがないし、「そうですか」と言って男風呂に行くわけにもいかない。「なにいうとんねん」と怒って帰るのも大人気ない。特に当時は、まだウブな大学生。結局、小さな声で「いいえ、こっちです」と答え、そのまま脱衣場に入っていった。

 

おじぃちゃんは「そうかぁ~?」と言って敢えて深追いはしてこなかった。が、ペチャパイで有名だった私は、裸になっても「やっぱり、あんたあっちや」と言われそうで、おじぃちゃんに背を向けてコソコソと服を脱ぎ、サッと風呂に入って、逃げるようにして帰ってきた。部屋に入り、まだ混乱した頭のまま、TVをつけると、石川さゆりが「津軽海峡風景色」を歌っていたのを妙に鮮明に覚えている。それからしばらくは、歩いて10分かかる遠いほうの風呂屋に、フレアスカートをはいて通った。

 

艶やかな表情で歌う石川さゆりをTVで見るたびに、あの時の「あんたぁ~!あっちや!」の言葉がよみがえる。そして、鏡に映る色気のない自分の姿をチラッと眺め、もしかしたら今でも、「あんたぁ~!あっちや!」と言われるかもね、と少し反省する私である。

というわけなのです。
このお風呂さんが銀座湯で、まだまだ健在なのであります。(ひろ)

2008-11-27

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