ちょっとそこまで旅気分

角のタバコ屋さんの雰囲気は全然変わらず。 ここの方が白衣を着て、よくタバコを買いに来はりました。

知らぬ間に谷崎潤一郎に近づいていた東一条 春琴堂書店

学生時代の生活費は、二つの奨学金と「春琴堂書店」のアルバイトでまかなっていました。小さな本屋さんだったけれど、東大路をはさんで京大の前にあり、東一条のバス停のそばで、タバコも売っていたので、いろいろなお客さんが来てなかなか楽しいバイトでした。気の弱そうな男子学生が朝日ジャーナルを上にしてレジに差し出すときは、たいていその下はエロ本で、吉田神社の節分会の時はわんさか人が道を尋ねにきて、学生がデモして前の交差点でタイヤを積んで燃やした時は、聞き込みに来た警察に生まれ初めて警察手帳を見せられて。

この本屋さんの店の奥には「春琴堂」と筆で大きく書いた額が飾られていました。ある日その書を見たお客さんが少しビックリした顔で「これは本物?」と聞いてきたことがあります。なんのことか分からず奥さんの方を見ると、「そうです。ここの店の名前は先生がつけてくれました」と答えています。奥さんは60代ぐらいだったでしょうか、いつも着物にたすきがけで店に出ている人でしたが、谷崎潤一郎の家でお手伝いさんをしていたのだそうです。しかし、普通のお手伝いさんでなかったことを知ったのは、京都を離れて何年後かでした。たまたま読んだ新聞に、奥さんが亡くなられて遺品の中に谷崎ゆかりの手紙かなにかが見つかったというような記事がでていたのです。奥さんは、「細雪」の「お春どん」、「台所太平記」の「はる」のモデルになった人物だったのでした。私が文学にまともな興味のある学生だったら、もっと深くいろいろ聞いていたんでしょうが、ま、いまだに谷崎潤一郎の本はほとんど読んだことがないバカタレだから残念がっても仕方ありません。

木造だった店舗は三階建てに変わっていましたが、雰囲気はそのまま。隣に鈴木マイクロフィルム研究所があるのもそのままで、表に立つだけで私の気持ちはあの頃にタイムスリップしていました。中に入って、今店主をされている息子さんに挨拶したかったけれど(息子さんも私がアルバイトしていた時から一緒に店で働いていた)、やっちゃんとの約束の時間がせまっていたので、中には入らず店の前から四条行きのバスに乗りました。必ずまた行こうと思っていますが、それまでに、せめて一冊ぐらいは谷崎潤一郎を読んでおかなくっちゃね。(ひろ)

2008-11-29

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