ちょっとそこまで旅気分

直木三十五。これは頂点の時か?それとも・・・ 芥川龍之介への手紙。なんていうフォント?って聞きそうになるようなデザインチックな字

記念館の中。寝ころがってもOKよ。 横にあった公園が直木三十五も通った桃園小学校跡。

「芸術は短し貧乏は長し」記念館で初めて知る直木三十五のハチャメチャ人生

芥川賞の芥川は芥川龍之介の芥川。直木賞の直木は・・・なんとなく数字が並んだ名前だったような気がするけれど・・・なんだったっけ

直木三十五は現在の谷町六丁目近くの生まれ。早稲田大学に行くけれど、学費が続かず除籍処分。もともとアイデアマンで、出版事業を手がけ一瞬羽振りはよくなるが、常識を超える浪費癖で大きな借金を抱える。39歳で「南国太平記」を書き、超売れっ子の大衆小説家になり、1日に120枚もの原稿を書いて周囲を驚かせるなど書いて書いてかきまくる。ガンガンお金は入ってくるが、珍しいもの大好きで外車を買うなど使う金もハンパじゃない。映画製作も手がけ、うまく行ったかのように見えるのだが、結局は支出が収入を大幅に追い越して帳尻があわず、借金の山が増える。アイデアもどんどんでるが、金もどんどん出て行く日々。43歳没。

直木三十五の直木は本名の植村を分解してつけたもの。このペンネームをつけた時は31歳だったので、実はペンネームは最初「直木三十一」だった。その後年齢にあわせて「三十二」「三十三」と変えて33で止めるつもりで二年間使ったが、33は「さんざん」につながるし、実際長引く貧乏にさんざんな目にあっているので、「三十五」で止めにしたそうな。

ってなことが、入場料200円の直木三十五記念館での展示を見て、わかりました。
それにしても、なんてハチャメチャ豪快な人なんでしょ。記念館の横にある公園は彼が通ったという桃園小学校の跡になります。
お~い!天国にいるアイデアマンの直木三十五大せんせぇ~!先生と空堀の町おこしをつなぐ、面白いアイデア、なんかないですかぁ~!(ひろ)

2009-4-15

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