飛鳥京・藤原京~平安京踏破てくてくレポート

来てくれたお客さんに気持ちよく。トイレ掃除は飛鳥大字の心意気

前回の終点の万葉文化館見学からスタートして飛鳥京と藤原京の間を歩きました。今回は万葉文化館にまつわる陽の思いと文化館に近い飛鳥大字で聞いたお話と写真を中心にしたレポートです。

(左)万葉文化館内の展示 (右)遺跡はこのレプリカの下に保存されている

飛鳥池工房跡地に建つ万葉文化館はなぜか食わず嫌いで、訪れたことがありませんでした。文化館が建つ前この地にあった健民運動場で村の運動会があり、準村民扱いの棚田オーナーとして参加していたこと。その後万葉文化館が建つことになって遺跡調査を行ったところ、富本銭の鋳造をはじめとする大規模な飛鳥池工房跡が出土したが、一部設計変更を行ったもののそのまま建物が建ってしまったという印象が残っていて、何となく違和感を感じていたのでした。

今回訪ねてみて分かったことは、遺跡の貴重な部分は中庭として土中に保存できるよう設計変更をされていたことでした。高松塚やキトラ古墳の壁画の修復に苦労されているのを見ると、施設の真上に地中の様子を復元してあることで遺跡が風化しないための理想的な地中保護と、博物館的な機能は充分果たしているのかなと理解できました。人形による万葉時代再現はわかりやすく、時代考証もさすがです。ボランティアガイドもいらっしゃいますので、その時代が生き生きとよみがえって来る貴重な素材だと感じました。それにしても、1400年前の物売りの情景などつい昨日のことのようです。

(左)大字飛鳥の皆さんが管理しいるトイレ (右)むしこ窓

田んぼを30cm掘ると1400年前の遺跡が眠っているという明日香村は、明日香法で全村が歴史的風土保全地区に指定されていて、建物の規制などが非常に厳しいという話をよく耳にします。明日香村での暮らしは実際にどんなだろう?明日香法の中でも特に規制が厳しい第一種歴史的風土保全地区に指定されている飛鳥大字の総代さんに話を聞くことができました。108軒のうち約半分の55軒が農家ですがビニルハウスひとつでも高さ広さとも厳しく規制され農業経営もままならないそうです。

それでも大字民はみんな、「せっかく飛鳥を訪ねていただいたお客様に草ぼうぼうの田畑は見せられない」という意識が強いといいます。それが飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ)や飛鳥寺の地元としての誇りなのです。伝統行事である「お田植祭( おんだまつり)」で有名な飛鳥坐神社脇のポケットパークのトイレ清掃も、大字を構成する八つの組の完全輪番制で美しく清潔に保たれています。共同体意識の強い集落は虫籠 (むしこ)窓のある家並みもきれいです。虫籠窓は近年まで中二階で蚕を飼っていた養蚕農家の名残とのことで、築130年~140年の建物だそうです。

光の回廊で使用した竹あかり

飛鳥坐神社で2月第1日曜日に行われるお田植祭は、面白おかしく夫婦和合の所作を地元民が演じる大らかさがネットでも評判を呼び、昔と変わらぬ祭の賑わいがあります。このような大字の家々でも提灯を出して祝う古い伝統を持つ晴れの日はできるだけも残したいが、少子化などの影響で実施できなくなっている祭も多いようです。その分秋の飛鳥光の回廊をはじめ村の新しい祭りにも取り組んでおられます。古きよき飛鳥大字の絆と、外からやってくる明日香村ファンとの交流の舞台としての、新しい祭。その両建てで世話役をすることになり所帯の三分の一にあたる30軒が何らかの役員をしているとか。目下ボランティアの方々との役割分担のありかたを真剣に考えておられます。(陽)

-2008・11・20-

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