ひところ〝おいしい〟というキーワードが一世を風びしたことがありました。「この仕事はおいしい」とか、食べ物ではないものに、おいしいという言葉を使うことが今でもあります。今回山の辺の道北道では〝おいしい風景〟に色々出会いました。前回のけったいな無人販売の売店もロックミュージックのようなおいしい存在だったかと思います。
さて、今回円照寺から弘仁寺への道中でみつけたおいしい風景は、柳茶屋の時計台前の売店です。たぶん農家の作業場か何かの一角を店にされているようでした。やっぱり、手作りのせん切り大根(切干大根)を一袋200円でだしておられます。〝やっぱり〟というのは山の辺路にはせん切り大根を売っておられるところが多いのです。そのせいもあると思いますが一袋の量が10回くらい使えるほどもあって、お得感いっぱいのちょっとした山の辺名物といっていいでしょう。
ボクは昨年から何回にも分けて山の辺の道を歩くようになるまで、せん切り大根をおいしくいただいた記憶がありませんでした。無性に食べてみたくなって、家でも突いた大根を天日乾燥してせん切りを作ってもらいました。近所の農家の人に聞くと、突く道具から乾燥するムシロまで貸していただいたというではありませんか。「一晩は納屋で扇風機を弱でかけて首を降らし、翌日屋根の上でムシロを広げて干したらいいよ」親切なコーチまでついて!
ババ様が雨を気にしながらすごい手間をかけて干してくれました。一週間ほどして、カツオだしに薄い醤油味で揚げと煮物にしたせん切りのおいしさといったらありません。それだけで飯が三杯お変わりしたくなるほどなのです。漁師が船の上でその魚をおかずにすると、他所の船に飯(まま)を借りなければならなくなるので「ままかり」の名がついたように、せん切りはぼくにとって「山里のままかり」だったのです。
夢中でご飯をかきこんでいると、山の辺の山里の屋根の上で陽を浴びているせん切りの風景さえも思い浮かびます。屋根の上で水分が抜けるたびに、生の状態よりも栄養も旨みも凝縮していくのだそうです。せん切り大根は日光を浴びることにより生の大根よりもビタミンB類は10倍、カルシウムが15倍、鉄分は32倍にもなっているんだって。太陽は魔術師でなくてなんでしょう。
弘仁寺近くにも鎮守の森がある集落があったことで、我が家も山の辺路の集落の一つなんだってことをうれしく思いました。弘仁寺に着くと大きな屋根に陽が当たっています。これもまたボクにとっておいしい風景なんだなって再確認しました。そして、ボクもまた、山の辺路を歩く人たちからおいしい風景に見える売店を立ち上げたいと強く願っていることも、少し本物に近づいているような気もしています。(陽)



