鉄馬ツーリングレポート ’98.6 .17

川が大好きなわが心のルーツを訪ねて
大阪・和歌山府県境の石川源流部探索ツーリング

川のそばに住みたいという願望は、小さい頃京都府南部の木津川流域に住み、川が遊び場だった記憶が作用しているのかも知れない。あるいはもっと遠い祖先が川のそばに暮らしたDNAが綿々と受け継がれているのだろうか。

 現在住んでいる大阪府羽曳野市の我が家のそばには、大和川に合流する直前の石川が流れていて、気軽に河原を散歩したりジョギングを楽しめるのが気に入っている。そうそう、真夏の宵、浴衣姿の女性たちが艶めかしい花火大会の風情もいいな。

 橋のたもとに石川という川の名前の由来を書いた案内板がある。旧石器時代石器の原料になったサヌカイト石がごろごろあったので石川と呼ばれるようになったようだ。二上山が噴火していた時代の名残でもある火山性のサヌカイトは、硬いが扁平な割れ方をするため、石斧や矢尻を作るのに適していたのだ。石写真

 またサヌカイトは、クリスタルガラスのように叩けばよい音がするので、楽器にも使われるようになった。現在でもその楽器があり、演奏もされるようなので、是非一度聞いてみたい。ともあれ、古代人の暮らしと情操のどちらにも役立った石の産地が石川だったのである。

 河原にサイクリングロードが整備された我が家の近くの石川に、石の川という面影はない。源流までのどこかに今でもサヌカイトはあるのだろうか。扁平に割れる石であれば、座りがよくて漬け物石には最適だという気もする。現代にも石器は有用なのだ。バイクで川を源流まで遡り、サヌカイトの在処を探してみたいと思った。 

 石川は上流がY字型の二股になってお り、左側は金剛山麓の千早赤坂村あたりが源流の千早川。右は河内長野市の滝畑ダムを経由して名前も石川のまま和歌山県かつらぎ町の分水嶺に至る、正真正銘の石川源流。どちらへ行っても、源流部は涼味満点。真夏のツーリングの穴場といえる。
 千早川で盛況なのが有料のマス釣り場。何しろ都心より8℃も低いひんやりとした渓谷で道具がなくてもニジマス釣りに興じられて、釣った魚はその場で料理してもらえる。しかし千早川源流部は金剛山の登山口でもあって、観光開発が進み、石の川源流の趣には乏しかった。

 滝畑ダムの方は、関西サイクルスポーツセンターのあるところとして、大阪近辺ではわりと知られている。しかし、ボクの関心はそこからずっと奥の方にある。分水嶺である和歌山県かつらぎ町の蔵王峠まで、四十八滝を数える渓谷沿いのルートは、水しぶきを浴びながら樹林に覆われた極狭路を走るツーリングの天国であった。

 本格的にフライフィッシングを楽しむ人たちを散見する。源流部にしては渓流の川面にちょうどロッドを振るためだけの空間が開けていたりして、誰にも教えない秘密のポイントを垣間見たような気がする。今のところボクはフライフィッシングはやらないのでご安心を。

 ただ、釣りのポイントあたりのゴロゴロ石をよく見ると、サヌカイトであった。二面が平らな理想の漬け物石がゴロゴロしていたのである。バイクを降りて少し探索すると、ちょっとした水防工事跡などに鋭角に割れたサヌカイトがいくらでもあった。

 楽器になりそうな薄い石片を叩くとかすかにチンと鳴り、木琴ならぬ石琴が作れるのは間違いないと思った。この次は車で来て漬け物石をいただこう。祖先を真似て適度な石を小枝縛り付ければ、畑に杭を打つハンマーくらいは作れそうだ。小片を集めて石琴づくりに挑んでみるのも面白いかも知れない。

 蔵王峠は、江戸時代まで和泉地方から高野山参りをする人々で賑わったようだ。旅人は父鬼街道(R480)から七越峠を越え、堀越観音にお参りして蔵王峠というルートで高野山を目指した。辺りは現在も山里の生活道路であるが、慣れなければバイクでもためらうほどの急勾配。ここにも棚田が切り開かれ農業を営む暮らしが今もあるのだ。

庵写真 旧街道の面影をそこここに残す峻険な山道。沿道の家々は緑の要塞のような庭をもち、暮らしの表情は穏やかそのものに感じられた。こんなところにと思う急坂の途中に陶芸の庵があったりもする。昔の人にとってはこれが茶店だったりして、これがごく普通の往還だったことだろう。

 暮らしの足であろう軽トラックが葛折の細道を軽やかに通り過ぎていく。ボクも峠のワインディングを楽しみながら河内長野方面にに戻ろう。木漏れ日の深い谷底の一車線道はまるでタイムトンネルをくぐるかのようであった。昔の旅人に思いを馳せながら、ゆっくり、ゆっくりと通り抜けた。

by陽

 


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